2日前の日曜日の夜中からDaylightsaving(夏時間)が始まり日本との時差が4時間になった。KIWI(NZ人は自分達のことをそう呼ぶ)の気分はすっかり夏!でもその前に穏やかな気持ちいい季節「春」を忘れてはならない。ハーちゃんの学校の中庭の桜の花がちょうど満開でとっても綺麗だった。昨日からはスクール・ホリデーが始まり私も子ども達と一緒に春の訪れを楽しみたいと思う。お弁当作ってビーチにでも行くかな。
2008年9月30日火曜日
2008年9月22日月曜日
TOTORO


2008年9月17日水曜日
A parcel from Japan
じいじいとあーちゃん(私の両親のことを子ども達はそう呼んでいる)から荷物が届いた。荷物を開ける時はいつもドキドキ、ワクワクする。ふたりとも荷物にへばり付いて離れない。なぜなら両親の心遣いでいつも子ども達が喜ぶ「日本のお菓子」が入ってる。それが何より楽しみなふたり。今回はハーちゃんがリクエストしたフーセンガムが入っていた。始めてみる日本のフーセンガムは良い匂いがする。とハーちゃんは大喜び!「ガムは音を出して食べるねんで~」とくちゃくちゃと音を立てながら食べていた。しばらくすると、ココット(小さな小鉢)に固まったガムが置いてある。ハーちゃんに聞くと「後でまた食べるから置いといて~」とのこと。大事な大事なフーセンガム。だってはるばる日本からやって来たんだもんね。ありがたく頂きましょう。毎回丁寧な荷づくりをして送ってくれる日本の両親に感謝でいっぱいです。ありがとう。
2008年9月15日月曜日
Water Play
今日は夏を思わせるような暑い日だった。夕方のNEWS番組では21度を記録したと言っていた。どうりで暑かったはず!春もまだなのにもう夏!って感じだった。午前中からユウちゃんはひとりで水遊びをした。季節はずれの思いがけない楽しい水遊びにユウちゃんも喜んだ。こどもってどうしてこんなに「水遊び」が好きなのだろう?自分のお気に入りの車を桶の中にいっぱい入れて「ぶ~ぶ~」と一生懸命遊んでいた。桶に水を入れただけなのにこれだけ集中して遊ぶ姿にこどもの遊びに対する真剣さにただ感心する。複雑なおもちゃを与えなくてもこどもってシンプなことから自然に遊びを作りだすと天才だと思う。これからの季節は「水」といっしょにたくさん遊べるね。
2008年9月12日金曜日
Cross Country Day


2008年9月8日月曜日
Operation 2
手術当日。予約時間は11時。全身麻酔のため数時間前からすべての食事が禁止になる。わたしたちが心配したのはこの全身麻酔だ。ユウちゃんはまだ2歳にもなっていない。医者や看護婦、麻酔担当の医者たちはやたらと「薬に対するアレルギーはないか」と聞くが、まだ痛み止めの薬くらいしか飲んだことがない。だから薬に対するアレルギーがあるかなんて分からない。もし麻酔でなにかあったら・・・とそれだけが心配だった。それと実際の手術の時間だ。どこでも待たされて当たり前の病院。特にNZの病院はどうなるのだろうと心配だった。ユウちゃんのように手術を待つ外来患者が待機する部屋にいたので私たち以外に常に2~3人の患者とその家族が居た。自然とお互いの子どもの病状などを話すようになった。そうした会話で時間を紛らわしながらお互い長い待ち時間をひたすら待った。
時計を見るともう午後3時半。さすがに私は今まで何の連絡もなくただ待されるこの状況に少し疲れていたし、水さえも飲めなくて泣き叫ぶユウちゃんが可哀想で・・・何で手術がこんなに遅れているのか聞く権利くらいはあると思い、ナースステイションへ出かけた所、「ユウトよく頑張ったわね。今手術の準備が出来たと電話があったわ!ハレ~イ!」と喜んでくれた看護婦に何も言えなかった。
結局手術の時間は午後4時を少し過ぎていた。予定より5時間遅れの手術だった。麻酔室にはオットに立ち会ってもらい、私は病室でハーちゃんと待った。手術は30~40分くらい。手術が始まってからは私たちは手術室の側にある待合室で終わるのを待った。しばらくして子どもの泣き声が何処からか聞こえた。オットが「ユウちゃんじゃないかな~」と言って待合室を出た時、そこに電話が掛かった。「ユウトのお母さんですか?手術が終わったのでリカバリー室へ来てください。」と言われ急いで行った。手術後、リカバリー室で初めてユウちゃんに会った時は涙が出そうだった。看護婦さんが「声を掛けてあげてください」と言う。まだ意識が朦朧としているユウちゃんに声を必死に掛ける。まだ麻酔が完全に切れていないので自分の体を支える力がないようで朦朧とした中で泣き叫び動き回るユウちゃんをオットが必死になって支えていた。誰が悪いわけでもないが「ごめんね。ユウちゃん。もう終わったからね。」と私はひとり心の中で言た。しばらくして麻酔から覚めたユウちゃんは爆発したようにミルクを何杯も飲んだ。はっきりは覚えていないが200ミリリットルのボトルを3本飲んだと思う。看護婦には「食事もした方がいいからミルクはこれ位にした方が良い」と止められた。元の病室に戻って来てからはお腹もいっぱいになり、安心したこともあるのだろ死んだように眠り始めた。担当の看護婦が代わり夜間勤務の小児科医がやって来てユウちゃんの手術後の経過をチェックして今晩もう1泊したほうが良いと言う。その晩、私はユウちゃんに付き添って病室に泊まった。
翌朝6時ごろに目覚めたユウちゃんは昨日のユウちゃんと違ってめちゃめちゃ元気だった。病室を歩き回り、ナース・ステーションに遊びに行って看護婦達に可愛がってもらっていた。彼のそのようすを見て私は本当に安心した。今朝の担当の看護婦と小児科医から今後のことを話されて、傷口の手当てをしてもらって、最後のメヂカル・チェックを受けてやっと病院を出れたのが午前11時ごろだった。大きな手術ではなかったが病院で過ごした長い時間に本当に疲れました。病院から出て外の空気を体いっぱいに吸ったとき大きな開放感に包まれた。なにより青空が本当に綺麗だと思った。そして、改めて健康であることの大切さと元気であることに感謝しなくてはと思った。
病院でお世話になった看護婦・小児科医・ヘルパーさんたち、そこで出会った患者(こどもたち)とその家族のみなさんにも感謝します。みんな経過が良いといいのにな。
Operation
気がつくともう9月だった。先週は気分的に落ち着かない日々が続いた。なぜならユウちゃんが手術を受けたからだ。彼は生まれた時から右耳の横に小さなアナがあった。これは遺伝だ。オットは両方の耳の横に小さなアナがある。オットは今まで何も問題は無かったのにユウちゃんは何が原因か分からないがアナの根元に膿が溜まりぶどうくらいの大きさの塊になっていた。それも3週間ごとにその膿が自然にアナから出て来る。そしてまたその膿がアナの中で大きくなりぶどうぐらいの大きさの塊になるのだ。それがあれこれ6ヶ月以上続いていた。我が家のホームドクター(GP)は取り除くしか治る方法はないと3ヶ月前に大きな街の病院へ連絡してくれた。私たちは専門医との予約を待っていた。しかしNZは恐ろしい国で命に関わる病気や救急で無い限り予約を取るのははかなりの時間が掛かる。結局ユウちゃんは3ヶ月近く待った。